仕事で意思決定をするとき、単に「効果が大きそうか」だけで判断すると危険な場合があります。大きな成果が期待できる施策ほど、不確実性や失敗リスクも大きいことがあるからです。
たとえば、新規事業への投資、大規模システム導入、新商品開発、海外市場への参入、広告予算の拡大などは、成功すれば大きなリターンがあります。しかし、失敗すれば費用、時間、信用、組織の負担も大きくなります。
一方で、リスクが小さい施策は取り組みやすい反面、得られるリターンも限定的な場合があります。安全な選択ばかりしていると、大きな成長機会を逃すこともあります。
そこで役立つのが、リスク・リターンマトリクスです。リスク・リターンマトリクスは、施策や投資案を「リスク」と「リターン」の2軸で整理し、どの選択肢に取り組むべきかを考えるフレームワークです。
初心者でも使いやすく、投資判断、新規事業、業務改善、DX施策、商品企画、プロジェクト評価など、幅広い場面で活用できます。
この記事でわかること
・リスク・リターンマトリクスとは何か
・リスク・リターンマトリクスは何に使うのか
・リスク・リターンマトリクスの基本的な考え方
・リスク・リターンマトリクスの使い方
・リスク・リターンマトリクスの具体例
・関連フレームワークとの違い
最初から完璧に使いこなす必要はありません。まずは「リスク・リターンマトリクスは、リスクとリターンのバランスで選択肢を整理するための型だ」とつかめれば十分です。
リスク・リターンマトリクスとは?
リスク・リターンマトリクスとは、複数の施策や投資案を、リスクの大きさとリターンの大きさで分類するフレームワークです。
リスクとは、失敗する可能性、不確実性、損失の大きさ、実行上の難しさなどを意味します。リターンとは、成功した場合に得られる成果や価値の大きさを意味します。
一般的には、次の4つの領域に分けて考えます。
・低リスク・低リターン
・低リスク・高リターン
・高リスク・低リターン
・高リスク・高リターン
理想的なのは、低リスク・高リターンの施策です。ただし、現実にはそのような施策ばかりではありません。高リスク・高リターンの施策をどこまで許容するか、低リスク・低リターンの施策をどの程度積み上げるかを考えることが重要です。
一言でいうと、リスク・リターンマトリクスは、選択肢の不確実性と期待成果を整理し、バランスのよい意思決定をするためのフレームワークです。
リスク・リターンマトリクスは何に使うのか
リスク・リターンマトリクスは、複数の施策や投資案を比較し、どれに取り組むべきかを判断するために使います。
主な用途は次のとおりです。
・新規事業案を評価する
・投資案件を比較する
・商品開発テーマを選ぶ
・DX施策の優先順位を考える
・業務改善案を比較する
・研究開発テーマを評価する
・マーケティング施策のリスクを整理する
・プロジェクトの継続・撤退を判断する
・高リスク施策と安全施策のバランスを考える
・経営層や関係者に判断材料を示す
特に、成果の大きさだけでなく、失敗時の影響も考える必要がある場面で有効です。
どんな人に向いているか
リスク・リターンマトリクスは、次のような人に向いています。
・新規事業や商品企画に関わる人
・投資判断や予算配分を行う人
・複数の施策を比較する立場の人
・リスクを考慮して意思決定したい人
・DXや業務改善のテーマを選びたい人
・研究開発テーマや開発案件を評価したい人
・経営層や上司に施策の妥当性を説明したい人
・安全策と挑戦策のバランスを考えたい人
・プロジェクトポートフォリオを整理したい人
特に、組織として「どこまで挑戦するか」を考える立場の人に役立ちます。
リスク・リターンマトリクスの基本的な考え方
リスク・リターンマトリクスの基本は、選択肢を「リスク」と「リターン」の2軸で整理することです。
リスクとは何か
リスクとは、単に「危険」という意味だけではありません。ビジネスでは、不確実性や失敗した場合の影響も含めて考えます。
たとえば、次のようなものがリスクです。
・市場に受け入れられない可能性
・技術的に実現できない可能性
・想定よりコストが増える可能性
・スケジュールが遅れる可能性
・品質問題が起きる可能性
・法規制やコンプライアンス上の問題
・顧客から反発される可能性
・社内で定着しない可能性
・競合が先に動く可能性
・失敗した場合の損失が大きいこと
リスクを見るときは、「起こる可能性」と「起きたときの影響」の両方を考えることが大切です。
リターンとは何か
リターンとは、成功した場合に得られる成果や価値です。金銭的な利益だけでなく、戦略的な価値も含まれます。
たとえば、次のようなものです。
・売上が増える
・利益率が上がる
・市場シェアが拡大する
・顧客満足度が上がる
・作業時間が減る
・品質が向上する
・新しい顧客層を獲得できる
・ブランド価値が高まる
・将来の技術基盤ができる
・競合との差別化につながる
短期的な利益だけでなく、中長期的な価値もリターンとして考えます。
4つの領域で考える
リスク・リターンマトリクスでは、選択肢を4つの領域に分類します。
低リスク・高リターン
最も優先して検討したい領域です。リスクが小さい一方で、大きな効果が期待できます。
たとえば、すでに顧客ニーズが確認できており、少ない投資で大きな改善が期待できる施策などです。ただし、現実にはこの領域の施策は多くありません。見つけた場合は、早めに取り組む価値があります。
低リスク・低リターン
安全に実行できるものの、効果は限定的な領域です。
たとえば、小さな業務改善、軽微な修正、既存業務の効率化などです。大きな成長にはつながりにくいですが、積み上げることで組織の基礎体力を高められます。
高リスク・高リターン
成功すれば大きな成果が得られる一方で、失敗リスクも大きい領域です。
新規事業、大型投資、革新的な商品開発、海外展開などが該当します。この領域は、すべて避けるべきではありません。ただし、段階的に検証する、撤退条件を決める、投資額を分けるなどの工夫が必要です。
高リスク・低リターン
基本的には避けたい領域です。失敗リスクが高いわりに、得られる効果が小さいためです。
ただし、法令対応や安全対策のように、リターンが見えにくくても実行が必要な施策もあります。その場合は、単純にリターンが低いからやらないとは判断できません。
リスク・リターンマトリクスの使い方
手順1 比較する施策や選択肢を洗い出す
まず、比較したい施策や選択肢を洗い出します。
たとえば、DX施策であれば、次のような候補があります。
・既存Excel業務のテンプレート化
・RPA導入
・基幹システム刷新
・データ分析基盤の構築
・AIチャットボット導入
・社内教育コンテンツ整備
新規事業であれば、複数の商品アイデアや市場参入案を並べます。業務改善であれば、改善テーマを並べます。
手順2 リターンを評価する
次に、それぞれの選択肢について、成功した場合のリターンを評価します。
リターンを考える問いは次のとおりです。
・売上や利益にどれくらい貢献するか
・作業時間やコストをどれくらい削減できるか
・顧客満足や社員満足にどれくらい影響するか
・品質や安全性の向上につながるか
・中長期的な競争力につながるか
・他部署や他事業へ展開できるか
・ブランドや信頼の向上につながるか
リターンは、高・中・低の3段階でも構いません。初心者は、無理に細かい数値化をするより、まず大まかに整理することから始めると使いやすいです。
手順3 リスクを評価する
次に、各選択肢のリスクを評価します。
リスクを考える問いは次のとおりです。
・失敗する可能性は高いか
・失敗した場合の損失は大きいか
・技術的な難易度は高いか
・必要な投資額は大きいか
・関係者調整は難しいか
・法務、品質、セキュリティ上の懸念はあるか
・市場や顧客ニーズに不確実性はあるか
・社内で運用が定着しない可能性はあるか
・撤退しにくい施策か
リスクも、高・中・低の3段階から始めるとよいでしょう。
手順4 4つの領域に配置する
リターンとリスクを評価したら、4つの領域に配置します。
・低リスク・高リターン
・低リスク・低リターン
・高リスク・高リターン
・高リスク・低リターン
実際に紙やホワイトボードに書き出すと、選択肢の全体像が見えやすくなります。チームで議論する場合は、付箋を使って配置すると意見を出しやすくなります。
手順5 領域ごとに対応方針を決める
配置したら、領域ごとに対応方針を決めます。
低リスク・高リターンは、優先的に実行します。
低リスク・低リターンは、余力があるときに実行する、標準化する、短時間で処理するなどを考えます。
高リスク・高リターンは、いきなり大きく実行せず、小規模テスト、段階投資、PoC、条件付き実行などを検討します。
高リスク・低リターンは、基本的には避ける、延期する、内容を見直す、リスクを下げられないか検討します。
手順6 リスク低減策を考える
高リスク・高リターンの施策は、単に「危ないからやめる」と判断するのではなく、リスクを下げる工夫を考えます。
たとえば、次のような方法があります。
・小規模に試す
・対象範囲を限定する
・段階的に投資する
・撤退条件を事前に決める
・追加調査を行う
・専門家に確認する
・契約条件を工夫する
・品質チェックを強化する
・代替案を用意する
リスクを下げられれば、高リスク・高リターンの施策を、より実行しやすい形に変えられます。
リスク・リターンマトリクスの具体例
例 DX施策の優先順位を決める場合
ある会社で、複数のDX施策を検討しているとします。候補は、Excelテンプレート化、RPA導入、基幹システム刷新、AIチャットボット導入、データ分析基盤構築です。
Excelテンプレート化は、リスクが低く、導入しやすい施策です。ただし、効果は限定的かもしれません。低リスク・低リターンに分類されます。
RPA導入は、対象業務が明確であれば、比較的高いリターンが期待できます。ただし、運用設計や例外処理に失敗すると定着しないリスクがあります。中程度のリスクとリターンとして扱えます。
基幹システム刷新は、成功すれば大きな業務効率化やデータ活用につながります。しかし、費用、期間、社内調整、移行リスクが大きいため、高リスク・高リターンに分類されます。
AIチャットボット導入は、問い合わせ削減のリターンが期待できますが、回答品質や運用設計に課題がある場合、リスクもあります。対象範囲を限定して試すことで、リスクを下げられる可能性があります。
データ分析基盤構築は、中長期的な価値が大きい一方で、データ整備や活用人材の育成が必要です。高リスク・高リターン、または中リスク・高リターンとして評価できます。
このように整理すると、短期ではExcelテンプレート化やRPA導入を進めつつ、基幹システム刷新やデータ基盤構築は段階的に検討する、という判断ができます。
別の例 新商品開発テーマを選ぶ場合
あるメーカーで、新商品開発テーマを複数検討しているとします。
A案は、既存技術を使って既存顧客向けに改良品を出す案です。リスクは低いですが、リターンも限定的です。
B案は、既存技術を新しい市場に展開する案です。市場ニーズが確認できれば大きなリターンが期待できますが、販売チャネルや顧客理解に不確実性があります。
C案は、新技術を使って新市場に参入する案です。成功すれば大きな成長につながりますが、技術リスク、市場リスク、投資リスクが大きくなります。
D案は、既存商品の小さな仕様変更です。リスクは低いものの、リターンも小さい可能性があります。
リスク・リターンマトリクスで整理すると、A案やD案は堅実な改善テーマ、B案は成長候補、C案は挑戦テーマとして位置づけられます。すべてを同じ基準で扱うのではなく、ポートフォリオとしてバランスを見ることが重要になります。
具体例でわかるポイント
具体例からわかるポイントは次のとおりです。
・リターンが大きい施策ほど、リスクも大きいことがある
・低リスク施策だけでは大きな成長につながりにくい
・高リスク・高リターン施策は、段階的に進めると扱いやすい
・高リスク・低リターン施策は、基本的に見直し対象になる
・施策を単体ではなく、組み合わせて考えることが大切
・リスク低減策を考えることで、挑戦しやすくなる
リスク・リターンマトリクスを使うメリット
リスク・リターンマトリクスを使うメリットは、施策や投資案のバランスを見える化できることです。
主なメリットは次のとおりです。
・成果だけでなくリスクも考慮できる
・複数案を比較しやすくなる
・挑戦策と安全策のバランスを考えられる
・高リスク施策の扱い方を整理できる
・リスク低減策を考えるきっかけになる
・経営層や関係者に説明しやすい
・投資判断や新規事業判断に使いやすい
・プロジェクトポートフォリオを整理できる
特に、組織として成長を目指す場合には、低リスク施策だけでなく、高リスク・高リターン施策をどう扱うかが重要になります。
リスク・リターンマトリクスを使うときの注意点
リスク・リターンマトリクスを使うときには、いくつか注意点があります。
よくある失敗例は次のとおりです。
・リスクを感覚だけで判断する
・リターンを希望的観測で大きく見積もる
・失敗時の影響を十分に考えない
・高リスク施策をすべて避けてしまう
・低リスク施策ばかり選び、成長機会を逃す
・法令対応や安全対応をリターンだけで判断する
・リスク低減策を考えずに判断してしまう
・一度配置して終わりにしてしまう
特に注意したいのは、高リスク・高リターン施策の扱いです。この領域は危険だからすべて避ける、という考え方では成長機会を失います。一方で、無計画に大きく投資すると失敗時の損失が大きくなります。
そのため、高リスク・高リターン施策は、段階的に進める、検証する、撤退条件を決めるといった工夫が必要です。
関連フレームワークとの違い
リスク・リターンマトリクスと関連するフレームワークには、費用対効果分析、デシジョンツリー、意思決定マトリクス、RICE、ABC分析などがあります。
費用対効果分析との違い
費用対効果分析は、費用と効果を比較するフレームワークです。コストに対してどれだけ効果が得られるかを考えます。
リスク・リターンマトリクスは、効果の大きさに加えて、失敗する可能性や不確実性を重視します。コストと効果を見たい場合は費用対効果分析、不確実性も含めて判断したい場合はリスク・リターンマトリクスが向いています。
デシジョンツリーとの違い
デシジョンツリーは、選択肢と結果の分岐を木のように整理するフレームワークです。段階的な判断や条件分岐に向いています。
リスク・リターンマトリクスは、選択肢をリスクとリターンの2軸で配置します。大まかな比較にはリスク・リターンマトリクス、分岐や判断プロセスを詳細に整理したい場合はデシジョンツリーが役立ちます。
意思決定マトリクスとの違い
意思決定マトリクスは、複数の評価基準で選択肢を比較するフレームワークです。評価基準を自由に設定できます。
リスク・リターンマトリクスは、リスクとリターンという2つの軸に絞って整理します。短時間で大まかに比較したい場合はリスク・リターンマトリクス、より多面的に評価したい場合は意思決定マトリクスが向いています。
RICEとの違い
RICEは、Reach、Impact、Confidence、Effortで施策の優先順位を決めるフレームワークです。対象範囲や工数を含めて比較できます。
リスク・リターンマトリクスは、主に不確実性と期待成果のバランスを見ます。施策の実行順を定量的に決めたい場合はRICE、挑戦度やリスクの大きさを整理したい場合はリスク・リターンマトリクスが向いています。
ABC分析との違い
ABC分析は、重要度、売上、金額、件数などに応じて対象をA、B、Cに分類するフレームワークです。
リスク・リターンマトリクスは、リスクとリターンで選択肢を分類します。重点対象を分類するならABC分析、施策や投資案のリスクと成果を比較するならリスク・リターンマトリクスが使いやすいです。
リスク・リターンマトリクスはどんな場面で使うと効果的か
リスク・リターンマトリクスは、次のような場面で使うと効果的です。
・新規事業案を比較するとき
・商品開発テーマを選ぶとき
・投資案件を評価するとき
・DX施策の優先順位を考えるとき
・研究開発テーマを整理するとき
・マーケティング施策のリスクを考えるとき
・プロジェクト継続や撤退を判断するとき
・経営会議や企画会議で選択肢を説明するとき
・挑戦策と安全策のバランスを考えるとき
・高リスク施策の進め方を検討するとき
特におすすめなのは、施策のポートフォリオを考える場面です。低リスク施策だけ、高リスク施策だけに偏らず、組織としてバランスのよい取り組みを考えられます。
まとめ
リスク・リターンマトリクスは、施策や投資案をリスクとリターンの2軸で整理し、意思決定をしやすくするフレームワークです。
仕事では、成果が大きそうな施策ほど、不確実性や失敗時の影響も大きくなることがあります。一方で、リスクを避けすぎると、大きな成長機会を逃すこともあります。
大切なのは、リスクを恐れてすべて避けることではなく、リスクを見える化し、必要に応じて小規模テスト、段階投資、撤退条件の設定などでコントロールすることです。まずは、今検討している施策をリスクとリターンの2軸で4つの領域に分類してみましょう。
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